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~読んで、食べて、酒好きのための読書時間~
おつまみエッセイ

旅先で食べたご当地グルメや、子供の時に作ってもらった手料理など、思い出の味は誰にでもあるもの。そんな“味覚”をテーマにエッセイストのみくりや佐代子さんが、トップシェフの味を自宅で楽しめる缶詰「Chef缶」を食べて蘇った、幼い頃の父との思い出を紡ぎます。ぜひ、お酒片手に読んでいってください。

「32歳と9か月。父の“美味しい”がやっと分かった」みくりや佐代子

―父が好んで食べた「変わったもの」の正体

 
幼い頃、父に連れられてよく田舎に帰った。二人の兄たちは何もないその村を「退屈だ」と嫌がって、成長と共に足が遠のくようになった。まだ小学生だった私は父とふたり、お正月やお盆の時期になると車で三時間のその場所へ向かった。
 
祖父母の家では、祖母が作る夕飯を食べた。煮物や魚など派手さのない料理が並ぶ食卓はいつも物足りなくて、ずる賢い私は夕飯の前にわざとスナック菓子でおなかをいっぱいにした。
 
「これはイノシシの肉だよ。食べてごらん」
 
父はよく猪肉を薦めてくれた。お隣の――と言ってもそこは田舎だ、少し歩かなければならないおうちに、狩猟会のおじさんがいた。そのおじさんは顔の細い犬を連れて猪狩りをしていて、猪肉をたびたびおすそわけしてくれた。けれど猪のあのケモノ然とした外見を思い浮かべると、父にいくら薦められても気分が乗らなかった。
 
祖父母によく買ってもらった「ねるねるねるね」。そのカラフルな水菓子をちびちびと舐めていると、父は異質なものを見るように目を丸くして「変わったものを食べとるね」と言った。私からしてみれば父の口にする茶色のビールと猪肉のほうがよっぽど「変わったもの」なのに。
 
田舎が好きだった。お母さんがいなければお菓子を好きなだけ買ってもらえる。嫌いな料理は残してもいい。夕飯の後にすぐアイスを食べても叱られない。寝るギリギリまで漫画を読んでもオーケー。
 
それは父も同じだったようで、ビールを普段の何倍もおかわりしていた。あの頃の私たちはまるで共犯者みたいだった。
 
「お父さんの宝もの」
 
ずいぶんと呑んだ父はそう言って何度も私の頭を撫でた。本当に何度も。酔っぱらった時にいつも出る、おなじみの口癖。お酒の匂いがする顔の真っ赤な父のことが、世界で一番大好きだった。

―ハタチの夜、初めてビールを「美味しい」と思えた

 
ビールの美味しさを知ったのは20歳と半年。当時付き合っていた大学院生の一言がきっかけだった。
 
「ビールは野外で飲むと一気に美味くなるんだよ」
 
騙されたと思って、と陽気に誘われたので、そういうものなのかと信じて夜中にコンビニへ行った。いつもなら選ぶのは缶チューハイ。けれどその日はビールを2本買って、同じ歌を口ずさみながら近くの橋まで歩いた。
 
「乾杯」
 
プルタブを指で引き上げるとぷしゅっと音がする。私たちは肩を並べて外でビールを飲んだ。一口飲んですぐ誤算に気づいた彼は「寒いな」と呟いた。そう、季節は冬だったのだ。
 
「美味しい」
 
けれど私はそう返した。嘘じゃなかった。本当に美味しいと思った。口いっぱいに苦みが広がっても、美味しい。たとえ茶色くても、美味しい。夏じゃなくても昼じゃなくても、外で飲んだらビールは美味しい。それはもしかすると「大好きな人の隣なら」の間違いだったのかもしれない。
 
私はその日初めて、いつも半分が限界だったビールを最後まで一人で飲み干した。

―猪肉をやっと食べた私が、思い出したあの日の食卓

 
キッチンに縦型の湯気が立つ。棚に重なっていた「Chef缶」をふたつ、湯煎であたためていた。パッケージには「猪のシャスール風」と「ジビエのパテ」とあった。どちらもフレンチレストランのシェフが手掛けているらしく、商品解説を読んでいるだけでワクワクしてくる。
 
お皿に移し、いざ実食。まず、猪のシャスール風。猪肉と椎茸を煮込んだものとあるけど、どうだろう。
 
一口食べてすぐに思った。美味しい! すごく美味しい。味はしっかり濃厚で、ソースの酸味もちょうどいい。「猪肉は固い」という思い込みがあったけれど、驚くほどジューシーで柔らかい。
 
続いて、ジビエのパテ。こちらも美味しい。鹿肉と猪肉と鶏白レバーが混ぜ合わさっているそう。高級感のあるいい香りが鼻を通ってくる。
 
幼い記憶がぶわっと蘇ったのは、猪肉を焼いて食べていた父の優しい声が耳元に響いたからだ。「食べてごらん」。いつも穏やかな父は決して無理じいはしない。だから断りやすくてつい、「いらなーい」と首を横に振った。あれからいつの間にか20年以上経っていたなんて、そして今こうして猪肉を食べているなんて、だれが信じられるだろう。一体だれが。
 
元気にしているかな。今は他県で働く父のことをゆっくりと思い出した。ここ数年で一気に白髪が増えて、めっきり「おじいちゃん」という風貌になってしまった。
 
いてもたってもいられなくなって、気づけば父に電話していた。しばらくコール音が鳴ったけれど結局繋がらなかった。口いっぱいに広がる赤ワインの風味を感じながら諦めてスマホを置くと、すぐに折り返しがかかってきた。
 
「お父さん?」
「久しぶり。どうしたん?」
「いや、たいしたことじゃないんやけど」
 
私、猪の肉食べよるんよ。そう続けるのはあまりにたいしたことじゃなさすぎて怖気づいてしまった。咄嗟に思いついた質問を口にした。
 
「変なこと聞くけどさ、おじいちゃんの家の近所に狩りをしている人がおったよね?」
「おるよ。猪じゃろ?」
 
あ、そうそう。それそれ。すぐに伝わったことがやけに嬉しくて笑ってしまう。
 
「ふと思ったんやけど、あれって密猟じゃなかったんかな?」
「違う違う、あれはちゃんと役所の要請を受けて狩りをしとったんよ」
「ふうん。まだやっとるの?」
「やっとるよ。今でも分けてもらうことがあるよ、肩ロースとか」
 
久しぶりに電話で聴く父の声は、直接会って話す時よりも随分とゆったりとリラックスしている様子で、まるで田舎で過ごすあの夜の父のようだった。きっと今、晩酌で軽く引っ掛けている最中だったのだろう。
 
「猪肉はね、さっぱりと食べやすくて美味しいよ」
 
うん、美味しかったよ。今食べてるから知ってるよ。言おうとしてやめた。父の前ではいつまでも娘でいたいから、大人になったことを少しの間だけ秘密にしたかった。
 
猪肉の美味しさを知ったのは32歳と9ヶ月。お父さん、ビールも猪も「変わったもの」じゃなかったね。美味しさを知ったことであの頃の父に追いつけたような気がした。随分と遅くなってしまったけれど。
 
「ママ、何食べとるん?」
 
電話を切った後、寄ってきたのは6歳の娘だった。
 
「食べてみる? これイノシシのお肉」
「うん、食べてみる」
 
どうやら娘は、私の幼い頃よりも肝が据わっているようだ。全く抵抗のない様子で一口、二口、三口と、美味しそうに食べた。「おいしい?」と聞けば「おいしい!」と返ってくる。私が微笑めば娘も微笑む。
 
そういえば食事の向こう側にはいつも「家族」があった。

このエッセイのキーアイテム

Chef缶 ジビエのパテ

フレンチレストラン「LATURE」のシェフで、狩猟家でもある室田拓人氏が監修。鹿肉と猪肉の粗挽き肉と鶏白レバーを混ぜ合わせ、赤ワインやブランデー、トリュフオイルで味付けした濃厚な味わいの逸品です。
 
【盛り付けレシピ】
材料(すべて適量)
・コンソメスープ
・ゼラチン
・ホイップクリーム
・黒オリーブ
・香草
 
作り方
①缶詰めをお皿に盛り付ける。
②コンソメスープにゼラチンを加えて冷やし、コンソメジュレを作る。
③刻んだコンソメジュレを①の上に乗せる。
④ホイップクリーム、黒オリーブ、香草をトッピング。
 

Chef缶 猪のシャスール風

「Chef缶 ジビエのパテ」と同じく、フレンチレストランのシェフ・室田拓人氏が監修。国産の猪肉と椎茸を煮込んだ料理です。赤ワインやバルサミコをブレンドしたソースの酸味と旨味を楽しめます。
 
【盛り付けレシピ】
材料(すべて適量)
・玉ねぎ
・ベーコン
・マッシュルーム
・イタリアンパセリ
 
作り方
①缶詰めを湯煎して温め、お皿に盛り付ける。
②軽くソテーしたベーコン、マッシュルーム、玉ねぎを盛り付ける。
③刻んだイタリアンパセリをトッピング。

作者・みくりや佐代子さんについて知る
PROFILE

みくりや佐代子(みくりやさよこ)

ライター・エッセイスト。1988年生まれ、広島県出身。母性をテーマにした連載など多数のWEBメディアで活躍。甘さと切なさが混在する読後感のエッセイは「微炭酸系」と称される。近著『あの子は「かわいい」をむしゃむしゃ食べる』(インプレス)『働く女の「しないこと」リスト』(ICE新書)。

Q.地元の広島はどんなところ?
 
A.地元は繁華街から山側へバスで20分ほどの、比較的のどかなところ。文中に出てくる「田舎」は広島県庄原市のことで、特に父の実家は山と田んぼしかないような場所にありました。広島市は川が多い町で、花見やバーベキュー、花火などで川の周りに人が集まる光景が好きですね。ただの散歩としてもよく河川敷を歩きます。
 
Q.家族でよく行った、地元の思い出のスポットは?
 
A.実は家族自体そんなに、すっごく仲良し! というわけではなかったので、旅行に出かけた覚えはあるのですがエピソードとして特に印象的なものがないんですよ……(笑)。でもその分、今の家族(夫、娘、息子)とは一緒にいる時間を大切にしていて。よく行くのは近所のスポーツセンターに併設された公園。夫と息子はバスケットゴールにシュートを打ったり、娘はうんていや滑り台を楽しんだり、私はそれをベンチから眺めてのんびりと過ごしています。
 
Q.もしもお父さんとシェフ缶を食べるとしたら、お酒のお供は何?
 
A.ハイボール一択です。大のビール党だった父が、還暦を過ぎたあたりから体型を気にしてか突然ハイボール派に変わりました。私もハイボールが大好きです。ビールだと“メインがお酒でおつまみがオマケ”という感覚になるのですが、ハイボールの味ってすっきりしていて癖が強くないので、“メインがおつまみでお酒がオマケ”という感覚になって、より食事をきちんと楽しめる気がします。

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